クラシカル・ホメオパシー

短期的政策 ー 長期的医療 − 賢く選びましょう

厚生労働省は画期的な新薬の承認までの期間を大幅に短縮させる「先駆け審査指定制度」を今年から実施する、という記事が、5月8日の朝日新聞に掲載されました。この新しい制度を設けることによって、厚生省はどんな効果を狙っているのでしょうか。記事を読み続けると、次のように説明されています。「審査期間をさらに半減させる」ことで、「製品化までの期間が短くなれば、開発中に取得した特許をもとに独占的に販売できる期間が長くなり、企業の利点は大きくなる。」(PDF

ちょっと待って!「企業の利点」を考えるのは、そもそも経済産業省の仕事ではありませんか?少なくとも私はこれまでそう思っていました。経済成長を推進する経済産業省と違い、厚生労働省は「人、くらし、みらいのために」、「医薬品・医療機器等の有効性・安全性を確保し、国民の生命・健康を守る」責任を担っていると。少なくとも本省ではそういうふうに宣言しています。

厚生省が経済産業省の代役を果たさなければならない原因は、もちろんご存知の通り、アベノミクスの成長戦略にあります。平成25年4月19日に行われた、安倍さんの「成長戦略スピーチ」を見てみましょう。成長戦略のため、三つのキーワードを主張しています:挑戦(チャレンジ)、海外展開(オープン)、創造(イノベーション)。なかなか綺麗な言葉です。僕もずっと、チャレンジ、オープン、イノベーションの精神を大事にしながら成長していきたいです。

ところで医療の分野のイノベーションについて、安倍さんは、主にスピーチの第3項目の段落を「健康長寿社会から創造される成長産業」という見出しで説明を始めています。「日本の医療産業が、高い競争力を持つためには」、イノベーションを起こす必要がある。そのために安倍さんは「健康長寿社会」の構築を提案し、この健康長寿社会から成長産業が創造されるといいます。

「健康長寿社会」とは「本来の寿命が来るまでに、病気で苦しんだり寝たきりになる期間」をできるだけ無くし、「同じ長寿でも、病気の予防などに力を入れることで健康な体の維持」する社会です。残念ながら、安倍さんは「病気の予防など」を具体的にどのように国の医療システムに取り入れるかについて、その後全然触れていません。そしてスピーチの流れは突然切れて、大きくジャンプします:健康長寿社会の構築のための「鍵の一つが、再生医療・創薬です。」

もちろん、いうまでもなく、安倍さんの考え方の論理は、分かりやすい矛盾を抱えています。健康長寿社会が実現に達成できれば、医療産業が縮みます。(遅かれ早かれ)寿命が来るまでに、健康に暮らす人が増えれば、医療を求める人は減ります。医療を求めなければならない人は病気で悩む人です。医療産業を成長させたいなら、医療を求める人を増やさなければなりません。健康長寿社会の構築と医療産業成長は、本来一緒に望むべくもないものです。

厚生なのか、経済なのか?アベノミクスの方向は大変一方的な形で経済を優先しています。そのため、医療機器や薬の認証の規制・制度改革を積極的に進めているのです。戦略スピーチでは以下のように述べています。

「心筋シートなどの再生医療製品をつくる場合には、薬事法に基づく承認を受ける必要があります。これについても、審査期間を大幅に短縮できるように、少数の患者による有効性の確認でも市販を可能とする薬事法改正案を、今国会に提出し、早期に実用化できる環境を整えます。」ここでも、安倍さんは大事なテーマのひとつを避けています:短縮した審査期間で、少数の患者による有効性の確認を得た市販されている医療機器の安全性は、だれが確認し、だれが保証するのでしょう。その医療機器を長期間に利用する多数の医師や患者がその安全性を、自分の身で確かめることになるのでしょうか?

ちなみに、ドイツでは医療機器に関する危険報告が2000年ー2013年の13年間に4倍に増えました(PDF)。そのため医師や政治家の間で、これまで公の機関の審査による認証を必要としなかった商品化のプロセスを、どのようにもっと厳しく審査できるか、またどのように医療機器の安全性を改善できるのかを考え直す動きが始まっています。

アベノミクスのもう一つの政策として、今年に始まった健康食品の機能性表示解禁も、同じような「厚生より経済」の臭いを感じさせます。この新しい制度の特徴や問題点についてもっと知りたい人には、農業・食品ジャーナリスト石堂徹生氏の記事をお勧めします:「健康食品、規制緩和で健康被害急増?」。NHKのクローズアップ現代で報道した「健康食品が変わる−規制改革の波紋」もその新しい制度を色々な側面から照らします。

これまでの特定保健用食品(トクホ)の機能性表示には国の審査や許可が必要でした。新しい制度では、食品の安全性・機能性に関する科学的根拠の確認が完全に企業に一任され、国の審査や許可が不要になり、生産者が自己責任で機能性を表示できるようになります。もちろん、消費者も自己責任で使うことになります。

この制度は、1994年にアメリカで実施された Dietary Supplement Health and Education Act(Wiki、特にcriticismというところを参照)の日本版です。言い換えれば、アメリカで20年前に医療関係者の強い批判を押し切って、健康食品メーカの利益団体のプレッシャーによって導入された、健康食品表示システムの単純な真似です。安倍さんがどういう神経で、こんな真似を日本人にイノベーションとして売ろうとするのか、僕には理解できません。

画期的な新薬のために、審査期間をさらに半減させる先駆け審査指定制度。審査期間を大幅に短縮できるように、少数の患者による有効性の確認でも市販を可能とする医療機器についての大胆な規制緩和。有効性や安全性の確認を、国の機関から取り下げて完全に企業に任す、機能性表示食品制度。こんな規制緩和からどのようにして健康長寿社会が生まれるだろうか?この大胆な規制緩和はサプリや薬漬けの高齢社会しか作れないように見えます。

安倍政権の(医療)政策には、「イノべーション」、「チャレンジ」「海外へのオープンさ」の精神をどこにも発見できません。国民の厚生や健康を二の次に考える「経済成長のための経済成長」のような価値観しか伝わってきません。安倍さんが訴えている「次元の違う」政策になりません。

本当に海外にオープンで、チャレンジしながら、イノベーションを起こしたいなら、例えばホメオパシー医学を日本の医療システムの中に取り入れ、国民の健康維持や病気の治療に、アロパシー医学と対等に、貢献できる枠組みを作ったらどうですか?

経済成長を懸念する人は、短期的なメリットを第一に考えがちになりますが、厚生や医療の分野になりますと、事情が違います。健康を守ること、病気を治すことが仕事であれば、落ち着いて長期的に物事を考えるスタンスが必要です。こういう落ち着いた、賢明で冷静な心持ちで初めて、本当の意味でのチャレンジやイノべーションが可能になります。賢く選択する必要があるのです。

次のブログでは、もっと長期的に、そして患者と医師の立場から医療を考える、アメリカで始まった動きを紹介したいと思います。