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2012.10.25

医療費の増加の背景にあるもの(2)

---------- 医療技術の高度化 ---------

高齢化(前掲載を参照)に加えて、医療費増加のもう一つ大きな原因として、「医療技術の高度化」や「医療技術の進歩」が挙げられています。大切なのは、この言葉を文字通りに理解することです。医療の進歩と高度化の話ではないんですね。医療技術の進歩の話です。

常識で考えれば、どんな分野でも、より高度な技術がより良い結果をもたらします。それが進歩というものです。医学の分野で言えば、医療技術の高度化や進歩によって、医療の質、もっとわかりやすくいえば、「治療」の質がよくなるはずです。治療の質が良くなるということは、病気がより早く、より確かに治るということです。病気が(これまでと比べれば)より早く、より確かに治れば、その治療に使う医療技術がちょっと高くなっても、その結果として、効率が良くなり、最終的にコストが高くなるはずがありません。

ちょっと話がそれますが、プリウスのハイブリッド車の技術は非常に高度です。その分購入値段が高くなっていますが、燃費効率も普通車より格段上がりました。つまり、より安い燃料代でまかなえる分、購入費増加をチャラにできる。そこで、初めてプリウスが「人と地球にとって快適」になったわけです。この快適さが現在の近代高度医学に欠け過ぎていると思います。

近代西洋医学の一つ大きな問題点は、医療技術の高度化が治療の「質」と「結果」に充分に繋がらないところにあります。技術の高度化が結果の改善にきちんと反映されないので、その高度化は医療の進歩ではなくて、単なる医療の技術化になってしまいます。

分かりやすい例を挙げてみましょう。妊娠中の超音波検査(エコー検査)は非常に高度なすばらしい検診技術です。はっきりとした臨床的、医学的な理由があれば、超音波検査は妊婦さんと赤ちゃんに大いに役に立ちます。昔の産科は、触診を行い、必要なときだけ超音波を使うのがポリシーでした。

今では日本、ドイツ、アメリカーのような先進国の妊娠中の検診方法は、超音波検診に代わっています。臨床的に必要な場合だけに使うのではなくて、昔の触診の代わりに、無差別的に、そして定期的に用いられるようにになりました。

「全部が大丈夫かどうか、ちょっと見てみましょう」という言い方で、全く臨床的必要性のない、元気そうな妊婦さんと赤ちゃんにも、定期的に適用されます。「先生、あまり受けたくないのですけれど、本当に必要ですか」と聞いても、「定期検診で受けもらわないと、うちの病院で産めません」と答えるところも多いそうです。

臨床医学的な判断に基づいた選択的な適用から、定期的な使用(スクリーニング)に変わってしまいました。

ついでに。はっきりした臨床医学的必要性がなくても、高度検診方法を選ぶお医者さんは、妊娠を病気として考えているのでしょうか。私には妊娠がその女性(や人類)の、より深くてより大きな健康状態に見えます。

それでは、触診と比べて遥かに高度なこの検診技術のスクリーニング的な使用によって、妊娠と分娩がどれほどよ安全で楽になるか、また、生まれた赤ちゃんがより元気かどうか、お話ししていきます。

先ずはこの技術の安全性を考えてみましょう。

(ドイツ人としてのコメント:医療技術の分野でも多くの人がより進歩的に見えるものがより安全だと思うがちですが、それはただの先入観だと思います。ケースバイケースできちんと見るべきです。幸せにも、今頃に安全神話に敏感になっている日本人が増えました。本題に戻ります。)

高度医療の新しい技術が登場した際、そのほとんどが安全だと思われてきました。ところが、最初のうち全く問題もなくどんどん使えると思われた医療技術や薬が、何十年後になって、「本当に必要な場合だけ」「出来るだけ控えめ」あるいは「使わないほうが良い」という評判になったケースもかなりあります (レントゲン、抗生剤、ステロイド剤)。それを考えると、敏感な胎児に与えるものをもっと真剣に考えて欲しいのです。

実際のところ、超音波が短期的あるいは長期的に胎児にどんな影響を及ぼすのか、影響そのものの有無についても、ほとんど研究がなされていません。必ずしも全く影響がないと言い切れないし、悪い影響があるとも言えないのです。

この問題について、超音波検診をわりあい好意的に考える(旧)日本産科婦人科ME学会、(現)日本母体胎児医学会は、次のように発言しています。

「超音波検査が人の胎児に何らかの影響を及ぼしているかどうかは今後の研究を待たなければ明言できませんが、現在広く行われている超音波検査による胎児の出生前診断が、被検者に多大な益をもたらしていることから、今後も必要な超音波検査を控える必要はないと思われます。しかしながら、不必要に長時間に及ぶ超音波検査 (特に胎児の脳に対して)、診断目的以外(いわゆる "entertainment")の使用は、できるだけ避ける ことが望ましいと考えます。」(ME学会ニュース No. 41, 2008年3月31日発行
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新しい医療技術の善し悪しを懸念した上で、お医者さんが患者さんに対して持っている責任を感じさせる発言だと思います。ただ私としては一カ所だけ、もう少し触れて欲しかった点があるんです。現在広く行われている『胎児の超音波検査の要不要』をどういうふうに分けて、どういうふうに決めるかという点です。というのは、私が把握している限りですと、昨今ではこの検診が、必要か否かを問わず、(よっぽど頑固に断る妊婦さん以外)一般的に全ての妊婦さんに使用されています。それも定期的に。

このような使用(スクリーニング)が医学的なメリットを全くもたらさないことについて、1993年にスイス人のお医者さんがリードしている研究チームが発表した結論があります。

“There were no significant differences between the groups in perinatal outcome in the subgroups of women with post-date pregnancies, multiple-gestation pregnancies, or infants who were small for gestational age. Conclusion: Screening ultrasonography did not improve perinatal outcome as compared with the selective use of ultrasonography on the basis of clinician judgment.”

最後の結論のところを翻訳します。「超音波検査の臨床医学的な判断に基づいた選択的な適用と比べて、その一般的定期的な使用(スクリーニング)が周産期のアウトカム(出産の前と後、お母さんと赤ちゃんのため)に何の改善をもたらさない。」
〔Effect of Prenatal Ultrasound Screening on Perinatal Outcome(妊娠中の超音波のスクリーニングの周産期の効果)The New England Journal of Medicine, September 16, 1993  Vol. 329 No. 12〕
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これほどはっきりした研究結果があっても、超音波の使用はこの20年間に増える一方でした。医療的な必要性がなく、触診と比べてコストが遥かに高くても。これは医療的な処置というより、サービスですね。メリットとして挙げられるのは、病院が請求できる金額や超音波検診システムを作る会社の売上が上がるということです。副作用としては、触診の経験の深いお医者さんと助産婦さんが全滅に近いのです。お医者さんがだんだん人間を治療する職人から、医療技術のエンジニアへ変わりつつあります。

医療費の膨らみが、単なる高齢化と医療技術の進歩との因果関係にあるだけではありません。患者さん一人一人、医師一人一人が治療中に積極的に決められる、要因もたくさん働いています。次回のブログは家庭の経営学からみた、今日の医療制度の盲点についてお話したいと思います。