クラシカル・ホメオパシー

医療費の増加の背景にあるもの(3)

————- 医療費と経営学のヒント —————

簡単な例で考えてみましょうか。タイムマシンに乗って僕が中学生になったとしましょう。その僕が自分のお小遣いで、一週間分の家族のおやつを買ってきたとします。翌週もまた、同じように同じスーパーで家族のおやつを買いに行きますが、今度はお母さんが彼女の財布を持たしてくれました。さて、僕がおやつに使う出費はどちらの週が高いと思いますか。

誰でも自分の財布から払わなければならない場合、その出費を出来るだけ節約するような関心が自然に、かつ強く湧いてきます。僕だって同じです。それが経営学のコモンセンスの一つ。残念ながら、この単純な知恵が現代の医療制度にあまり生かされていないように思います。

日本の高度な医療制度には、節約という観念があまり感じられません。何故でしょうか。治療の具体的な中身を決める主体、つまり病院•医者•患者が、そのコストを自分自身の財布から払わなくてもいい、それが日本の現在の医療制度だからです。じゃあ誰がその出費を払うのか。それが健康保険制度(とその保険の経営を保障する国)です。

患者さんが自分の病気を最善の処置で治して欲しいと願うのは、当然のことです。その患者さんを満足させるために、病院とお医者さんは治療の具体的な内容を決めます。そこで私たちが忘れがちなのが、医療も事業であるという点です。患者さんを治療しながら収入を確保する、あるいは増やさなければならない経営の事実が、病院や製薬会社、医療機械メーカー側にあるという点です。従って、彼らが医療費の節約より、医療費の増加に強い興味を持っているのは自然なことです。その医療費は保険会社や国が払います。支払う側なのだから、節約する責任を最も強く感じるはず、と思いますが、「国」とはいえ、まさか役人と政治家が自分のお財布から国民の医療費を払うわけがありませんね。支払いに必要なお金は、保険会社や国が保険代や税金という形で、成人の国民一人ひとりから(そしていずれその子供たちから)回収しています。

僕には、どうも日本の医療制度が経営の悪循環をもたらしているように思えてなりません。人の健康のために存在するはずの医療制度自体が、あまり健全でない。どうしたらこの悪循環を立て直すことができるのでしょうか。国にも、名医が必要のようですね。