Blog

『ハーネマンを読む:病気の原因について』
時代遅れの古いものと進歩的な新しいもの、その境目は時の流れでは計れません。ホメオパシーの創始者であるサムエル・ハーネマンが200年前に書いた文書を読むとき、たびたびそう実感します。ハーネマンが達成した病気の理解と治療知識は、近代医学の目まぐるしい発展と比べても、より画期的で、より先端を走っています。今度の「ホメオパシーを話す会」では、1805年に発表された「Heilkunde der Erfahrung」という論文から、ハーネマンが病気の原因について、非常に具体的に論じている箇所を一緒に読もうと思います。一向に古びることのない、ホメオパシーの「新」が分かります。

READ MORE

今年9月にベルリンに滞在したとき、一日遠足で、旧東ドイツにあるケーテン(Köthen)という街を訪ねました。ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach)が1717ー1723年に宮廷楽長を勤めたことから、日本のクラシック音楽のファンにも良く知られ、日本人の観光客も多い街です。あまり知られていないのは、バッハのおよそ100年後に、ホメオパシーの設立者、サムエル・ハーネマンが1821年から1835年までケーテンに住んでいたことです。引っ越しの非常に多い人生(20回以上!)の中、いちばん長く一カ所に住んでいたのは、ケーテンでの15年間でした。日々の忙しい診療の傍ら、ホメオパシーの研究を続けながら、「慢性病」(Die chronischen Krankheiten )の5巻、そしてオルガノンの第3、4、5改正版を出版しました。

READ MORE

「もっと賢くなって下さい。自分自身のことを第一に大事にして下さい。他の気遣いはすべて、貴方にとって二の次のことにならなければなりません。そして誰かが、貴方のプライドに訴えながら、貴方の気力と体力を超えるようなことを、強制的にさせようとするときこそ、あなたの幸せで健康な生活に反する行動に、絶対に誘われないように気をつけて下さい。褒め言葉が一種の賄賂です。そういうことばに耳を閉ざして、それに振り回されないように冷静に、落ち着いた気持ちで悠々と自分の道を歩き続けて下さい。道理をわきまえた賢明な男のように。喜びのため、ゆっくりとこころや体を通じて喜びを味わうために、人間はこの世に居るのです。仕事をするというのは(自分を酷使せずに)、その喜びを得られる程度で十分なのです。

READ MORE

飛行機、電車、車のない時代には、遠い町に住む名医にかかりたいと思っても、治療のための長い旅行に出て、その医者のところを訪ねることのできる人はわずかでした。それでも望みの医者の助言が欲しいと思えば、手紙を書いて、治療のアドヴァイスを頼むしかありませんでした。そういう訳で、ホメオパシー医学の創立者であるハーネマンは、たくさんの「手紙患者」を抱えました。実はその手紙のやりとりに係る、たくさんのハーネマンの手紙が残っています。前にも一度ブログで紹介した、ボッシュ財団の医学歴史研究所には、これらの手紙が5.000通以上保管されています。当時の人々の生活、価値観、そしてホメオパシー治療の成り立ちに於いてもとても大事な資料です。

READ MORE