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2023.03.20

Aude sapere  ー オルガノンの題字について(1)


ホメオパシー医学の基礎をまとめた大作『オルガノン』に、ハーネマンは「Aude sapere」(アウデー・サペレ)という題字をつけています。

表紙に書かれたタイトル「医術のオルガノン」のすぐ下、ひときわ目立つ場所に、第二版(1810年)から第六版まで毎回この言葉を掲げています。「Aude sapere」はハーネマンの「オルガノン」の基調を表すと言ってもいい言葉です。そして、オルガノンを貫く精神はホメオパシーそのものであり、個々のホメオパスの心持ちにもなるはずです — 少なくともハーネマンの考えでは。残念ながら、ほとんどの英訳や邦訳にこの題辞のことは説明されていません。

ラテン語の「Aude sapere」を日本語に訳すと、「知ることへの勇気を持ちなさい」「勇気を持って分別しなさい」「賢明になる勇気を出しなさい」「知恵を活かす勇気を持ちなさい」のような意味になります。あらゆる学校の門の上に刻んでもいいスローガンです。何があって、何のために、ハーネマンがこの題辞を選んだのか、もう少し探っていきましょう。

「Aude sapere」という言葉の由来は、ローマ時代の詩人ホラーティウス(65 BC−8 AD)にあります。この言葉を有名にしたのは、ハーネマンと同時代の哲学者のイマヌエル・カント(1724–1804)でした。ヨーロッパの古典文学に造詣の深いハーネマンは、当然、両方の文脈をよく知っているはずです。Aude(=勇気を持ちなさい)を強調しながら、ハーネマンはその言葉をホラーティウスとカントとの逆の語順で使います。

ホラーティウスは「Sapere aude」という言葉を、友人のロッリウス・マクシムスへ宛てた、詩の形式で書かれた手紙のなかで詠んでいます(書簡集1巻2歌40行)。

その手紙の大きなテーマは、一言で言うと「正しい生き方」です。「何が立派で、何がみっともなく、何が有益で、何がそうでないか」についての、かなり強いアドバイスを込めた手紙です。抜粋して(詩的リズムを無視しながら)翻訳します。(行32-56)

「盗賊は、人を殺すために、夜中に起きる。
君は、自分を守るために、目を覚まさないのか?
元気な時に走らなければ、浮腫になってから走りたくなる。
日の出前に、本と明かりを求めないなら、そして心を
勉強と大切な物事に向けないなら、
眠れずに、羨望や欲望に悩まされることになる。
目を苛む原因は急いで取り除くのだろう。
どうして心を蝕むことがあっても、
君はその解決を一年も先送りにするのか?
はじめれば、半分はもう済んでいる。
賢明になる勇気を出せ、はじめなさい。
(sapere aude, incipe)。
正しく生きることを先延ばしにする人は
(川を渡りたい)馬鹿者のように、
大川の流れ止むことを待っているのだ。
だが、川は流れ、永遠に早く流れ続ける。
人はお金と子を産んでくれる妻を探すし、
野生の森を鋤で開拓する。
十分手に入れたら、それ以上は求めないで。
家や土地も、たくさんの金属や金も、
病んだ主人の体の熱を取り除くことはできないし、
心の心配事も取り除きはしない。
集めてきたものを上手に使おうと思えば、
持ち主は健全でなければならない。
(………)
器が清潔でないと、
そこに何を注ぎ込んでも酸っぱくなる。
快楽から離れなさい。
苦痛によって手に入れた快楽は害をもたらすのだ。
貪欲な者は常に貧乏。
願望に節度を定めなさい。」

ホラーティウスはまるで良き医者のように、心と体にとってより良い、穏健や慎み深さを重んじる生き方へと、友を導こうとします。余談ですが、ハーネマンがある患者さんに書いた、有名な手紙があります。(邦訳:ブログブログ)。ハーネマンの手紙とホラーティウスの手紙を比較して読むと、そこには1800年以上という時の隔たりがあるにもかかわらず、それらを貫く響きや精神、漂う空気はびっくりするほど似ています。両方とも、より健全な生き方、より充実した人生、より健康な体のために、自分の生き方の方針を大きく変える必要性を強調しています。より健全に生きるため、心の持ち方と生活の送り方の大きな転向を提案する手紙です。外的な成功に偏ってきた価値観や世俗的な常識を手放しながら、精神的な充足、心の豊かさによりフォーカスするようにと促すものです。

この向上心にとって一番厄介な敵は、人間の惰性です。積極的に動き出すより、川が流れ止むことを待つという比喩は、人間同士がなりがちの心境です。そしてホラーティウスの手紙の眼目は、その惰性(怠惰、無頓着さ、惰眠、受動性とも言えます)の指摘と批判です。Sapere aude, incipe。賢明になる勇気を出せ、はじめなさい。

ハーネマンも惰性を、医師の仕事を徹底的に妨げるものと考えています。『オルガノン』(第一版)の前書きの終わりには、以下のように記されています。

「これだけはあらかじめ警告しておきます。惰性と無精と頭の硬さは、真理の祭壇での奉仕から除外させられるものです。人間のあらゆる仕事の中で最も尊い勤め、真の医学を実践するために絶対必要なのは、虚心坦懐であることと不断の熱意です。」

医術のオルガノン」第二版(1810年)の表紙