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2013.08.30

ある患者への手紙(1)

飛行機、電車、車のない時代には、遠い町に住む名医にかかりたいと思っても、治療のための長い旅行に出て、その医者のところを訪ねることのできる人はわずかでした。それでも望みの医者の助言が欲しいと思えば、手紙を書いて、治療のアドヴァイスを頼むしかありませんでした。
そういう訳で、ホメオパシー医学の創立者であるハーネマンは、たくさんの「手紙患者」を抱えました。実はその手紙のやりとりに係る、たくさんのハーネマンの手紙が残っています。前にも一度ブログで紹介した、ボッシュ財団の医学歴史研究所には、これらの手紙が5.000通以上保管されています。当時の人々の生活、価値観、そしてホメオパシー治療の成り立ちに於いてもとても大事な資料です。

今回はハーネマンの手紙を一通、紹介したいと思います。この手紙にはハーネマンのワークライフバランス(work–life balance)についての考え方が見事に表れています。過労や過労死が普通の単語になってしまっている日本だからこそ、たくさんの人に読んで欲しい手紙です。200年前にドイツの小さな町に住んでいた人と、21世紀の資本主義社会の強制の下で、無理の多い生活を送っている現代人に、思いがけないほどの共通点があります。
手紙には日にちが書いていないのですが、おおよそ1800年7月に書かれたものと思われます。相手は、ゴータ(Gotha、18と19世紀にドイツ文化の一つの中心であるテューリンゲン地方の町)に住んでいた仕立屋さんです。その患者さんの手紙が残念ながら残っていませんので、どういう症状、どんな病気でハーネマンのアドバイスを求めたのか不明です。1793年から1805年までにハーネマンがその人に出した手紙が残っています。そこから察するに、決して軽い病気ではなかったようですが、ハーネマンの治療が良かったのか、患者さんがハーネマンのアドヴァイスをきちんと行動に移したのか、この仕立屋さんはハーネマンより長生きして、1851年に92才でなくなりました。(ハーネマンは1843年に88才でこの世を去りました。)
主にワークライフバランスと関係するところを抜粋して翻訳して、二回に分けて掲載します。ごゆっくり噛み味わって下さい。

 

「 .....  人間(その非常に壊れやすい人間の機械)は、働きすぎるため、力を費やしすぎるため、活動しすぎるためにこの世に生まれてくるのではありません。人間が名誉欲のため、金欲のため、あるいは他の目的のために、こういうふうにやり過ぎれば、その目的が賞賛されようとも、非難されようとも、自然の摂理に逆らうことです。そして肉体的な損失となって、体の破壊につながります。まして、あなたのように前から体が弱っている場合には。一週間のうちに完成することができないものは、二週間で仕上げることができます。待ちたくないひとが居ても、あなたがそのひとのために惨めになって、お墓に入る寸前まで働き、そして未亡人と孤児を残すことになるのは、全く適切ではありません。より早い、より重い肉体労働だけではなく、あなたの場合、仕事のために必要な精神的努力と気遣いのほうが、より大きな害をもたらします。そして気ぜわしい精神がまた体を壊すのです。まず自分のために、その次にひとのために生きるという指針を身につけてください。こういう一人前の冷静さを獲得しなければ、治る見通しはあまりありません。あなたがお墓に入っても、人々は服を着て暮らすでしょう。それらはあなたが作った服ほど美しくないかもしれませんが。
しかし、あなたが賢人であれば、元気にもなれるし、長生きもできます。
癪に触ることに自分の耳を向けないようにしなさい。無理と感じることを断りなさい。急がされたら、よりゆっくり歩きなさい。そしてあなたを不幸にさせたい人たちを笑いなさい。自分のペースで楽に出来るものを仕上げて、完成不可能なものは、気にしないで下さい。
どれほど熱を持って仕事を頑張っても、それによって我々の経済状況は良くなりません。家計に回せるお金が多くなるだけで、所詮何も残らない。
節約すること、贅沢を減らすこと(どうせほとんどの場合、一生懸命仕事する人はその贅沢を最も味わえない)、そうすれば、より悠長な生き方を可能にします。言い換えれば、より理性的に、より思慮深く、より自然に、より明るく、より穏やかに、より健康に生きられるようになります。その振る舞いのほうがより褒むべきで、より明達で、より賢明ではないでしょうか。特に息を切らしたり、神経を必要以上に緊張させたり、走り回ったりして、最終的に我々の一番大事な宝物である、明るくて平静なこころや体の健康の破壊に至るよりも。」(続く)