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人間はどうして病気になるのか?(3)
ハーネマンが病気の原因について語る。(その3)
間違った治療や薬害も、病気の原因になり得ます。医療がもたらす新たな不調と病気は、最近の言葉では「医原病」(iatrogenic disease)と呼ばれています。ハーネマンは、病気の原因について細かく説明している革新的な論文「経験の医術」のなかでは、これにあまり触れませんでした。が、その後1833年に出版された『医術のオルガノン』の第五版以後で、アロパシー医学の治療が患者にもたらす害について、非常にはっきりと、そして批判的に語っています。
「従来のアロパシー医学は、投与している薬の長期的な、多くの場合恐るべき影響を自覚していません。そして、色々な作用物質を混ぜて同時に治療に使うことによって、その影響をわざわざわからなくしているようにも見えます。こういった強い薬を、多くの場合長期間、頻繁に、繰り返し、大量に投与することによって、従来のアロパシー医学は患者の身体を傷めつけます。さらに長年にわたる使用によって、場合によっては根治できない新たな病気を身体に植え付けます。」(『オルガノン』第五版、前書き)
「本来の目的に反した医療処置(アロパシー的な治療)による、不適切な薬の長期的使用」が、「複雑な合併疾患(Krankheits-Complicationen)」を引き起こす危険性があります。「治るはずの自然な病気の治療に、不適切な治療薬を継続的に反復して投与することで、その薬の性質に見合った新しい疾患、しばしば非常に長引く疾患が加わります。その薬にはホメオパシー的な類似作用がないので、元の慢性疾患も治すことができません。このため、もともとの慢性疾患に新しい疾患が徐々に加わり、病気を複雑にこじらせます。元の病気に、別の新しくて人工的な慢性病がついてきます。これまで単純に病気だった患者が、二重に病気になります。患者はいっそう深い病気となり、その治療も難しくなります。不適切な薬の長期的使用が治癒を不可能にし、多くの場合、患者の命を奪います。」(『オルガノン』第六版、§41)
ハーネマンは薬害を原因とする疾患を、新たに引き起こされた慢性病の一種と捉えます。「一般的に広く蔓延しているアロパシー療法によって、または大量に処方された、服用量が徐々に増える、きつくて強い薬の継続的な使用によって人工的に作り上げた疾患も、残念ながら慢性疾患に含めなければなりません。甘汞(カロメル、塩化第一水銀)、塩化第二水銀、水銀の軟膏、硝酸銀、ヨウ素とその軟膏、阿片、カノコソウ、キナの木の樹皮とキニーネ、ジギタリス(キツネノテブクロ)、青酸(シアン化水素)、硫黄と硫酸、長年飲み続けた下剤、大量の血を流す瀉血、ヒル、フォンタネルや刺し紐(=人工的な炎症と化膿を起こす処置)の悪用によって、生命力は残酷なかたちで減弱させられます。そして、たとえ生命力が完全には負けなかったとしても、その調子はだんだん(それぞれの処置の濫用に従って独特なかたちで)異常な状態に落ちていきます。こうした敵対的で破壊的な攻撃から命を守るため、生命力は生体の有り様や働き方を改変していきます。体のこの部分やあの部分をより鈍感にさせたり、感受性を低くしたり、または異常に高くしたりします。体の部分を広げたりまたは縮めたり、弛ませたりまたは固めたりします。極端な場合には体を部分的に壊したり、あるいは体の内外のあちこちに有機体の不具を付加したり(身体の中と外に障害をつくったり)します。このような、自分の調子を崩そうとする力による、絶えず繰り返される敵対的な攻撃に対して、命が完全に破壊されないように生体を守るため、生命力は生体にさまざまな改変を施さなければなりません。」(『オルガノン』第六版、§74)
アロパシー的な間違った医療によってもたらされた、複雑な合併疾患の治療について、ハーネマンの見通しは暗いです。「アロパシー的な悪医術によって(特に最近に最もひどく)誘発されている、人間の調子の狂いは、あらゆる慢性疾患の中で最も悲しく、最も不治の病です。残念に思いますが、ある程度まで進んでいれば、その治療のための方法が工夫されたり、発明される可能性はないように見えます。」(『オルガノン』第六版、§75)「自然の病気に対して、恵み深い神さまは、私たちにホメオパシーによる助けを与えて下さいました …..アロパシー的悪医術によって引き起こされることの多い、無数の異常な病気を治すための人間の治癒術は存在しないし、存在し得ないのです。」(『オルガノン』第六版、§76)
以上のように列挙された薬品名や治療法が示すように、ハーネマンによるアロパシー医学の批判の対象は、18世紀の終わり頃に盛んだった英雄的医療(heroic medicine)でした。そのため今日においては、ハーネマンの批判や医原病の問題視はすでに時代遅れで、近頃の科学的な近代医療に敷衍することは妥当でないと思われています。自然科学や生物学の進歩により、我々人間の体とその機能についての知識や理解が深まったと同時に、化学が進歩したおかげで生体を上手にコントロールできる薬剤を作れるようになり、ゆえに近頃の近代医療は英雄的医療と違って、患者にとってきつくない、医原病を大して引き起さない医療である、と考える人がたくさんいるのです。
医療や医学の分野では、昔も今も、医原病は非常にセンシティブでデリケートなテーマです。タブーに近い、あまり光が当てられていない問題です。現在身近な近代医学は科学的かつ進歩的な唯一の医学であり、その発展に従って治療の可能性と効率は年々良くなり、患者の健康にますます貢献するという考え方は、ほぼ常識的なものとされています。このナラティブが現代人の頭にあまりにも深く根付いてしまったため、近代医学の治療自体が病気や死の原因になり得るということは、あまり考えたくない、あまり調べたくないテーマになりました。
2年間の抗がん剤治療と放射線治療の後に患者が亡くなれば、「ガンに負けた」という結論になります。もしかすると「治療に負けた」、治療によって命が(寿命より早く)削られたのではないかという可能性は、多くの人にとって考えてもみないことです。治療を施す医師の間でも、治療を受ける患者の側でも、そのために莫大な税金を出す役所の方でも、医療システムが提供している治療なのだから、メリットがデメリットより大きいはず、という思い込みが強いのです。
こうした思い込みについて、最も際立った最近の事例は、遺伝技術に基づくRNAコロナワクチンです。製薬会社(ファイザー、モデルナ)が公開するプレスリリースだけではなく、これらの会社が提供した実験データの全てを(小文字の補遺に隠されているデータも含めて)調べれば、ワクチンの害対効果比がネガティヴだということは、はじめから明白でした。(PDF、PDF)そしてワクチンキャンペーンが始まって2年後、その「無益有害」が現実的にはっきりと表面化したにもかかわらず、今でも多くの関係者がその効果性や安全性を唱え続けています。もちろん、このワクチンの効果と安全性についての深い思い込みの背景には、人の健康という公益より、自分の利益を優先する製薬会社の悪質なマーケティング力と、医学協会や研究機関、政府に対する彼らの恐るべき影響力が作用しています。たとえば、新薬の認証に際して、効果や安全性を調査した上で使用を許可する、各国の規制機関の予算ひとつとってもそうです。日本を含むたくさんの先進国では、新薬の規制機関の予算の80%以上は、医療産業や製薬会社が出資しています。つまり、政府の機関であるにもかかわらず、その自立性が保証されていないのです。こうした機関が中立な立場で、患者にとっての新薬のメリット・デメリットを判断することは不可能です。(PDF)
除け者にされがちながら、近代医学の分野においても、製薬会社や政治的権力の利害関係に与しない立場で、医原病についての真面目な研究があります。近代医学の治療における医原病について、近年初めて大きな警鐘を鳴らしたのは、当時のNew York Hospital(現:コーネル大学の医科大学院)の院長を務めた、D. P. Barr (PDF)でした。Barrは1955年に「近代医学の診断と治療の危険性 ー 我々が支払う代償」(Hazards of modern diagnosis and therapy: the price we pay)という論文で、医原病の頻発や危険の見逃しについて指摘しました。それ以来、主に公衆衛生の分野で、医療ミスや薬害の出現率や危険性についての研究がたくさん行われてきました。興味のある方のために、英語で出版された、メジャーな論文や書籍のリストをつけておきます。(PDF)
医者が人間である限り、治療の間違いが起こり得ることは、誰も否定しません。どんな薬にも副作用があり、それが患者に害を与える可能性があることは、誰も疑いません。問題はその頻度です。
研究の焦点によって数字に多少ばらつきがありますが、「アメリカとヨーロッパでは、医薬品が心臓病と癌に続く三番目の死因です」と Peter Gøtzsche が分析しています。(ブログ参照)医原病の危険性や発症率を専門的に研究する人ならば、この位置付けに異論はないと思います。(PDF)ちなみに厚生労働省によれば、2020年の日本のトップ4の死因は新生物/腫瘍(391,545人)、循環器系の疾患(345,476人)、呼吸器系の疾患(172,727人)老衰(132,440人)でした(PDF)。もし薬害が3番目の死因にくるのなら、日本では、薬害による死亡者数は六桁の数字に上ると想定できます。もちろんこの計算は薬害だけで、不要な手術、手術ミス、院内感染などで亡くなる人の数は含まれていません。そして当然のことながら、たとえ致命的な結果にならなかったとしても、医原病で再入院しなければならない人、長く続く不調や生活の不自由で悩まなければならない人の数は、死者数の何倍にも及びます。
こうした現実の前で、私たちはどう考えるべきなのでしょうか。近代的・科学的アロパシー医学は、その方法論や処置方法において、18世紀の医学とはもちろん違うものです。しかし、その「進歩的」な治療や処置に伴う医原病の問題の深刻さは、本当に克服されたのでしょうか?僕には、アロパシー医学がもたらす害についてのハーネマンの指摘は、200年を経た今、すでに妥当性を失った時代遅れ・的外れの批判というよりも、未来の医療を提案する、観察力の鋭い先駆者の分析と警告に聞こえます。
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