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Choosing wisely 賢く選択しましょう
前回のブログは、安倍政権が経済と厚生の関係をどのように捉えているか、というテーマでした。そこで見えてきたのは、国の医療産業振興は、安倍さんの考えるように国民の健康向上と直接に繋がらないということです。安倍政権の医療に関する具体的な規制緩和策は、アメリカの医療環境の様子を覗き見しながら、それを手本にした政策のようにしか見えません。
確かに医療産業の売上や競争力からすると、アメリカは世界のトップランナーです。2014年の国民一人当たりの年間医療費を比較すると、アメリカ(USD 8.745)は日本(USD 3.649)の2倍以上です(PDF)。国内総生産(GDP)の中の医療費の割合を見ると、2011年に日本はGDPの9.6%、アメリカはGDPの17.7%、(日本の1.8倍)を医療費に使いました(PDF)。この数字には、サプリメントや健康食品の費用はまだ含まれていません。
アメリカ人が日本人に比べて、ほぼ倍ぐらいの医療費をかけているという事実は、何を意味しているのでしょうか。アメリカの医療環境が最先端だからといって、アメリカ人が日本人より二倍元気なのでしょうか?あるいは、アメリカ人が(医療システムがあれほど豊かなのに)日本人より二倍病気に罹るために、医療費がそんなに高いのでしょうか?医療費の高さは、医療システムの高度な質を語るのでしょうか?または医療システムに問題があることを意味するのでしょうか?
たとえば、アメリカが複雑な関係を持つ、隣国のキューバの医療費は非常に低いです。キューバ一人当たりの医療費は、アメリカ人のたった4%。それなのに、キューバ人とアメリカ人の平均寿命は殆ど一緒です(PDF)。
アメリカの医療費が世界的にも極めて高いということは、アメリカの医療産業にとっては大変好都合なことですが、その医療を受診し、個人、もしくは国民として支払う患者の立場からすると、そのシステムには改善すべきところがたくさんあります。コストの高さから伺えるように、アメリカの医療システムの大きな問題点は、過剰医療(無駄な医療、濃厚診療、医療の過剰利)にあります。患者にメリットがない、余計に行われた検査、処置や薬投与は、患者のお金と時間の損失です。そしてもっと悪いケースですと、こういう過剰な医療が患者に害をもたらすこともあります。過剰な検査による怪我。元気なのに間違った診断で病名を下す。薬の(回数と量の)過剰投与による健康の負担や薬害。もっと保守的な治療が可能なのに、焦ってすぐにメスを入れ、取り消しのつかないような処置を行う。そしてこういう過剰な医療や処置によって生じた新たな健康問題が、別の医療的な処置を必要とするというケースもよくあります。医療が健康に導くではなく、医療が医療を呼ぶ悪循環です。過剰医療はもちろんアメリカだけではなく、アロパシー医学が高度に進んでいる各国の問題でもありますが、一番露骨になってきたアメリカでは、それを改善しようとする動きがいち早く始まっています。
過剰医療による患者の健康や財布のダメージを減らすために、アメリカ内科医学委員会(ABIM)が創設したABIM財団が、2012年に「choosing wisely」(賢く選択しましょう)というキャンペーンを発足しました。アメリカの各専門医学会による、各分野で簡単に省ける過剰医療を5つ推奨してもらい、それを「医者と患者が問うべき5つのこと」(Five Things Physicians and Patients Should Question)というタイトルで、医師と患者向けに編集し公開しました(医者向けのリスト、患者向けのHP)。そのキャンペーンに積極的に参加し、推薦項目の提出によってバックアップしている、アメリカの各医学会は、ほぼアメリカの医者達の80%を占めています。
推薦項目を見てみると、かなり専門的な提案もあれば、だれもが一度は「自分もやった」「自分もさせられちゃった」ような検査や処置もたくさん含まれています。「無駄な医療」という項目で、日本語のウィキペディアでも、推薦項目などの概要が部分的に紹介されています。「choosing wisely」キャンペーンやそのリストを、独自な切り口で日本語で紹介する本も2冊出ています。
ーー 徳田安春、Choosing wisely in Japan ― Less is More:あなたの医療、ほんとうはやり過ぎ? ー 過ぎたるは猶及ばざるがごとし、 (尾島医学教育研究所、2014)。
ーー 室井 一辰、絶対に受けたくない無駄な医療(日経BP社、2014)
室井さんの本から、身近で日常的な医療と関係ある、幾つかの見出しを取り上げます。
● 抗精神病薬は安易に処方しない。
● 頭痛に市販薬を長々と使わない。
● サプリメントは健康維持に効果なし。
● 無用な胴部X線検査はするべからず。
● 風邪に抗菌剤は使わない。
● 熱性けいれんで画像検査はNG!
● 腰痛では、症状が出て6週間以内の画像検診不要。
● ぎっくり腰で真っ先にX線検査はだめ。
● 妊娠満期でも陣痛促進は基本的にしない。
● 胸やけに安易に薬を使わない。
● ストレス性胃潰瘍に投薬しない。
● 精神病ではないのに、子供にいきなり薬剤を使わない。
● 中耳炎や外耳炎で抗菌剤を飲むな。
ホメオパシー医学の従事者であれば、どれも当たり前の話ばかりですが、やっとアロパシー医学が(少なくとも進歩的で良心的なところで)同じところにたどりつつあります。
日本では政府が一生懸命、国民の医療費を下げる手段を探しています。最近の後発薬(ジェネリック)の使用拡充の新しい目標もその試みの一つです(PDF)。「賢く選択しましょう」キャンペーンを積極的に日本の医療に取り入れれば、もっと早く、そしてもっと大きなコスト削減が実現できます。なおかつ無駄な医療がもたらす患者さんの時間的、金銭的、エネルギー的な損失や、過剰医療が誘起し得る健康的害がなくなれば、国民の健康度や幸福度も上がります。このリストの暗記を医者免許の一つの前提にすれば、患者のため、国のためにもなります。
患者のための医療を賢く選択するには、患者と医師が話し合って一緒に決めること(shared decision making)が前提です。というのは、無駄で過剰な医療の一つの大きな原因は、患者の個人的な事情を無視した検査や、マニュアル化した処置にあるからです。上下関係や権威関係を考えれば、医者の方から患者を「shared decision making」へと誘導するべきです。残念ながら(特にちょっと古いやり方にはまっている日本では)、まだまだこういう考えを実践しない医師もたくさん居ます。医者が患者と話し合おうとせずに、ただマニュアル的に検査、薬、処置を決めようとする場合、「choosing wisely」キャンペーンでは、患者に3つの質問を医師に聞くように勧めています。
● What are the risks?
この処置や検査に伴うリスクは何ですか?
● Are there other options?
他の可能な進め方や治療、他の選択はありますか?
● What happens if I don't do anything?
なにもしない場合、どうなりますか?
ぜひお医者さんに聞いてみてください。これらの3つの質問を聞くことで、より適切な処置(the right care at the right time)をしてもらえるチャンスが大きくなります。
長くて真面目な文章を最後まで読んでいただきありがとうございます。ここまで頑張ってきた読者のご褒美に、楽しいビデオを紹介します:ファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)の「happy」をアレンジした「choosing wisely」キャンペーンです(YouTube のリンク)。
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