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2022.02.21

ビル・ゲイツが残念に思うこと

コロナ展望録。その18

2月18日に開催されたミュンヘン安全保障会議のパネルディスカッション冒頭、ビル・ゲイツはCovid-19との戦いについて、その現状を尋ねられました。ゲイツのコメントは以下のようなものでした。

「残念なことに、ウイルスそのもの、特にオミクロンと呼ばれる変異株は、一種のワクチンなのです。つまり、B細胞およびT細胞の両方の免疫を作り出します。そしてウイルスは、私たちのワクチンよりも、世界中の人々に上手に行き渡ったのです。アフリカの国々で調査したところ、ワクチン接種を済ませた人と様々な変異株に感染した人は、合わせて約80%に上ります。これが何を意味するかというと、重症化リスク、それは主に高齢者や肥満、糖尿病に関連するリスクなのですが、これがオミクロンの感染暴露によって、劇的に減少したということです。」

Sadly, the virus itself, particularly the variant called Omicron, is a type of vaccine. That is, it creates both B cell and T cell immunity. And it has done a better job of getting out to the world population than we have with vaccines. If you do surveys of African countries, something like 80% of people have been exposed either to the vaccine or to various variants. What that does is it means the chance of severe disease, which is mainly related to being elderly and having obesity or diabetes, those risks are now dramatically reduced because of that infection exposure. (youtube、7:00から

ちなみに、ビル・ゲイツが例としてあげた、アフリカ国々の平均的な接種率は 12% です。(web

ワクチン愛好家や推進派の中心人物であるゲイツが、製薬会社が作ったワクチンよりも、ウイルス自体がより早くより上手に、世界人口の免疫に貢献したことを認めています。その率直さは大したものです。そしてオミクロン株の速やかな流行によって、高齢者や肥満や糖尿病患者を特に脅かす重症化リスクの大幅な減少が認められたことは、嬉しいニュースでしかありません。

ゲイツが「残念」に思っているのは、コロナウイルスに対する必要な免疫を世界人口に広く与えたのが、自分が一生懸命に煽り、急かせ、バックアップしてきたワクチン接種ではなく、人間の免疫とのやりとりを経て弱毒化したウイルスそのものだった、ということです。「コロナ免疫系」というプロジェクトにおける、ゲイツ自身の計画ではなく、他社(つまり自然)が成功してしまった、という経営者の悲しみです。そのため、コメントの後半で、「次のパンデミックではもっと早くワクチンを開発し、より早く行き渡らせなければならない」と強調しています。

確かにビル・ゲイツは頭がいい経営者と有力な慈善家ですが、彼のアプローチや発想はまるっきり科学技術至上主義そのものです。自然や生命において未完成と思われる部分は科学技術で改善可能であり、ソフトウェアの問題はアップデートによって修正され、免疫系をワクチンでアップグレードしながら感染病を排除する、というような発想に基づいているのです。

確かにこの考え方を踏まえれば、ウイルスは一種のワクチンしかに見えてきません。「Sadly, the virus itself, particularly the variant called Omicron, is a type of vaccine.」しかしこれは不思議な発言です。生物学的にも、歴史的にも、医学的にも、ワクチンとウイルスの関係は逆です。ウイルスがワクチンを真似るのではなく、ワクチンは病原体の働きの一部を真似る試みとして開発されてきました。しかし、科学技術至上主義の信徒にとって、その順番は反対です。なぜなら、彼らの中心にあり、至上のものと看做しているのは、自然や生命ではなく、人間が司る科学と技術だからです。彼らにとって、生命、自然、生きることなどは、情報技術、AIや遺伝子技術によって無限にコントロールできるもの、あるいは改良のためにコントロールしなければならないものでしかないのです。僕にとって、こうしたものの考え方は、近代的な人間の困った自惚れにしか見えません。

一方は、半年間かけて実験室で作り上げたワクチンの働き。他方は、何百万年の進化の過程であらゆるものに接しながら発達してきた、自分の中と外の自然の複雑な相互関係において絶えず「動的平衡」を保ち続ける人間の生命力と免疫力の働き。果たしてどちらが優れているのでしょうか?

次回のブログでは、生物学の最先端研究において、免疫系の軸がどのように考えられているのかを紹介します。