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風邪は「移る」ものなのか、「引く」ものなのか?
ーー ホメオパシーと感染病 ーー
「風邪を引いたみたいです。」冬が近づくと、風邪で連絡をくださるクライアントが増えます。何があって風邪を引いたかと聞くと、だいたい次のようの答えが来ます。「家内が二日前から風邪を引いていて、それが移りました。」「学校で熱っぽい風邪が流行っているので、それが移っちゃった。」「一昨日すごく混んでいる電車で、咳を込む人がたくさんいて、ここでもらったと思う。」
何かが悪くなった時、先ずはじめに、人がその原因を自分と関係のないところに見いだそうとするのは、東西問わず万国共通のようです。悪いものはいつも外から来る。自分の不幸の原因は向こうにあります。この考え方の延長線で、強い風邪を引いた人は、まるで悪者のように周囲から避けられるのです。「近づかないで下さい。」「治るまで保育園を休ませて下さい。」もしくは本人自ら、あまり人の前に出ないようにしたり、大きなマスクを付けるようにします。
風邪は本当に移るのでしょうか?なぜ奥さんの風邪がご主人に移っても、もっと長い時間を過ごしている子供に移らないのか?クラスで風邪が流行っても、風邪を引かない学生がいるのはなぜでしょう?
風邪を引いた原因を突き詰めようとすれば、「周りに風邪のある人が居たから」という説明では物足りません。同じ状況下で風邪を引かない人もいるということは、風邪を引くかどうかは、外からのウィルスとの接触(感染)というより、個人の中にある何らかの条件の影響のほうが大きいことを示しています。
風邪のウィルスが飛んできて体内に入っても、その感染によって風邪を発病するかどうかは、各人の体調、精神状態、免疫力などに依ります。さらに風邪を引いたとしても、その症状、重さ、治るまでに必要な時間は人によって違います。この話は風邪だけではなく、多くの感染病にも当てはまります。幾つかの例を挙げましょう。
◆ デング熱
去年の夏に日本で大騒ぎになったデング熱。幾つかの(海外旅行と関係ない)デング熱のケースが診断されてから、東京都はデングウィルスの拡散を防ぐため、その媒体である蚊(ヒトスジシマカ、Aedes albopictus)を減らそうと、9月と10月に代々木公園を閉鎖して、殺虫剤をまきました。まるで「外からやってくる危険な病気の原因を殺さなければならない」といった論理にのっかった政策です。さらに同じ頃、各報道機関が流した報道が「デングウィルスを徹底的にやっつけなければ、とても危ない事情が生じる」という印象を強めました。
ところで実際に、デングウィルスとデング熱はどんな関係でしょうか。英語と日本語のウィキペディアを見ましょう。"Typically, people infected with dengue virus are asymptomatic (80%) or only have mild symptoms such as an uncomplicated fever. Others have more severe illness (5%), and in a small proportion it is life-threatening."「デングウィルスに感染しても8割は無症状であり、それ以外も軽度の症状、例えば合併症を伴わない発熱症状が現れるのがほとんどである。しかし、5%の感染者では重症にまで発展し、さらにごく一部では生命を脅かすこともある。」
感染しても、80%の人は全く病気になりません。言い換えれば感染したという自覚もありません。残りの大部分も治療を必要とせず、自らの力で再び元気になれる程度の症状です。そして、わずかの人数が命の危険性を伴う症状、集中治療を必要とする症状を発病します。その話を聞くと、病気の原因がウィルスだとは言えなくなります。病気の原因はウィルスにあるのではなく、ウィルスと接触した人にあるといわなければなりません。ウィルスは通常の人にとって危険なものではありませんが、ある少数の人にとっては、このウィルスとの感染がその人自身が抱えている何らかの個人的な免疫系の問題、体力、体質の特徴と結びついて、発病に至り得るのです。これはデング熱だけではなく、他のいわゆる「感染病」をとってみても、多くの場合に当てはまります。
◆ ポリオ(急性灰白髄炎)
ポリオウィルス(急性灰白髄炎、Poliomyelitis)の感染と発病の関係を見てみましょう。ポリオウィルスは主に経口感染で広がります。感染した人のうち、90−95%は何の症状もありませんし、感染した自覚もありません(そのため、ポリオウィルスは全滅しにくいのです)。残りの人のほとんどは、1−2週間軽い症状(頭痛、嘔吐、下痢、熱、腕足の痛み)を経験して、自然と治ります。感染の0.5%(だけと言いたいところですが、たった一人でも多過ぎます)は終世的な麻痺に至ります。
◆ インフルエンザ
最後に、毎冬に話題になるインフルエンザウィルスを例に挙げましょう。有名な医学研究誌 “The Lancet“ に、2014年に発表された論文から引用します。"On average influenza infected 18% of unvaccinated people each winter. Up to three-quarters of infections were asymptomatic and about a quarter of infections had PCR-confirmed disease. 17% of people with PCR-confirmed disease had medically attended illness." 分かりやすく翻訳すると、次のような内容です。「普通のインフルエンザの場合には、毎冬平均的に、予防接種受けていない人口の18%が感染する。感染したケースのうち、75%は全く症状を示しない。残りの25%はPCR法によって検証されたインフルエンザの症状を示す。その25%のうちの17%は、医学的な治療を必要とする病状になる。」もっと具体的に言うと、インフルエンザがはやる時期に、100人のグループの中18人がインフルエンザウイルに感染する。その18人のうち、13−14人は自覚症状がない。残りの4-5人は、軽度から重度の症状になるが、医者の治療が必要になる重たい病状は一人だけだ。(Comparative community burden and severity of seasonal and pandemic influenza: results of the Flu Watch cohort study, The Lancet Respiratory Medicine, Volume 2, No. 6, p 445–454, June 2014, p 452。PDF)
上に紹介した統計的な数字は、感染病についての医学書であればいずれも載っています。それではこの数字はなにを意味しているのでしょうか。先ず言えるのは、いわゆる病原体との接触(感染)は、病気を引き起こす必須条件であっても、それだけでは発病に十分な条件にはなりません。感染はそれ自体、病気のきっかけになることはあっても、病気の原因ではないのです。
同じウィルスに感染した場合、全く反応しない人もいれば、軽い症状、もしくは大変重たい症状を以てそのウィルスに反応する人もいます。同じウィルスとの接触をきっかけに病気になった人のなかにも、自然に、しかも非常に早く元気になる人もいれば、長く病気で苦しみ、元気になるまでかなりの時間がかかる人もいます。病気になるかどうか、どういうふうに病気になるか、どういうふうに健康を取り戻すか。これはウィルスというより、個人個人の調子に依るものです。
この事実を前に、「病因」について、アロパシー的近代医学とホメオパシーの考え方は大きく分かれています。「病原体」という概念が示すように、近代医学は外からやって来るウィルス、黴菌などに病気の原因を見いだしています。
ホメオパシーの病因論の焦点は違います。いわゆる「病原体」に感染しても、発病するためには、自分の中でウィルスの繁殖を許す、もしくはその繁殖を可能にする環境が必要です。言い換えればウィルスが入って来る隙間やウィルスが増える基盤がなければ、感染しても病気になりません。その意味では、病気の主な原因は病気になった人にあると言えるのです。「病気になったから自分の元気を失った」のではなく、「元気ではないから病気になった」ということです。
この病因論の違いには、感染病に対する治療のアプローチの違いも生じます。アロパシー的な近代医学は、抗生剤、抗ウィルス剤という「武器」による「病原体」との闘いに必死です。ホメオパシーは、病気になった人間の生命力の改善、免疫力や自然治癒力の応援と強化に集中します。ホメオパスが感染病になった人を治療するとき、どんな「病原体」によって病気が発症したかを知らなくても治療ができるのは、こういう理由です。ホメオパスが病人の全体の調子、本人の病原体に対する反応の仕方を診て、それに合うレメディーを選ぶことで、病人は自分の本調子を取り戻し、病気を早く乗り越えられるようになるのです。
もちろん他の感染病と比べて、風邪は病気と言えるかどうか迷うほどの軽い不調です。そして、これまで話してきたことを踏まえると、風邪は移るものではなく、引くものです。自分との調和、環境との調和にいれば、だれも風邪を引きません。言うまでもなく、その調和は壊れやすく、常に積極的に保たなければなりません。風邪を引いた背景には、この調和の乱れがあります。過労、心理的な負担、疲れ過ぎなどなど。もっと単純な調和の乱れもあります。たとえば季節の変わり目で急な温度変化に馴染めなかった、衣替えが遅すぎたなど。いずれにしても風邪はその人が自分の失われた調和を取り戻すために、必要なプロセスになります。自分のペースを落としたり、身体の不要な物を鼻水や痰で排出するなどして、肉体的、精神的なリセットに導くのです。前向きにとれば、風邪自体が自然治癒力の一つの働きです。一年のあいだに2−3回風邪を引くのは、健康のしるしです。(このテーマについて医学的な研究があるかどうは分かりませんが、自分と同僚の経験からすると、ガンを患う人には、長年、風邪や他の熱を伴う病気をしていないケースが著しく多いようです。)
風邪は、自分、あるいは環境との調和を取り戻そうとする自然治癒力の働きなので、その働きを遮らないことが大事です。解熱剤、鼻水、痰の排出を抑える飲み薬などで風邪の症状をアロパシー的に閉じ込めると、かえって完治までの時間が長引くか、風邪の症状がなくなっても、その後どこかですっきりしない感じが残ることが多いものです。
ドイツには「風邪は何もしなければ、一週間。薬を飲めば七日間」という言い方があります。レメディーを飲んでも、即効的に風邪が終わることはありませんが、本人の全体の調子を改善することで、症状を和らげ、より早く本調子(自分や環境との調和)に戻れます。他の感染病と同じく、風邪の場合においても、ウィルスや症状と闘うのではなく、自らの自然治癒力や免疫力を高めることが一番手取り早く、気持ちのいい治療法です。
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