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花粉症について。(2)花粉症の病理
前回のブログでは、「花粉症は混乱している免疫系の異常な反応」と説明しました。
それでは、免疫系を病気を起こすほど混乱させているのは一体何でしょうか?なぜ、近代になってから、ヒトの免疫系の良し悪しの識別が難しくなってきたのでしょうか?花粉症や他のアレルギー疾患(食物アレルギー、アレルギー性胃腸炎、アレルギー性気管支喘息、アトピー性皮膚炎など)や自己免疫疾患が急激に増えている背景とは?
花粉症やアレルギー的疾患の原因を理解するためには、ヒトの免疫系、そのなかでも特に免疫系の成長と成熟のプロセスに目を向ける必要があります。ヒトがどのように免疫力を身につけて、それらを成長させるのか、という点です。
免疫力の獲得と成長は、言語の獲得によく似ています。生まれたての赤ちゃんは、まだ言葉を話すことができませんが、生まれつき音を聞く耳、発音するための口、舌、喉頭などがついています。そして脳の中に、言葉を習う、物事を考える、話すなどのたくさんの潜在能力が設けられています。しかし実際に話せるほど、言語を取得、習得するためには、周りからのたくさんの刺激が必要です。毎日、家庭のなかで言葉を聞き、言葉をかけられて、愛情をもって人間社会のメンバーとして受け入れられながら、その子供と話す人たちとの接触の実体験を繰り返すことで、子供は言語を取得し、話せるようになります。言語取得のためには、若いうちから話す人との接触や関係、慣れと練習が必要です。
同じように、免疫系も慣れと練習のプロセスを通じて成長していきます。人類の長い進化で、ヒトは様々な環境と、数々の経験を経て、自分の健康を守り、あらゆる病気を乗り越えるための免疫系を発達させてきました。ヒトは生まれた時からすでに、免疫系にいくつかの基本的な機能が設けられていますが、その大部分はまだ実際に機能するような、成熟した形にできていません。免疫力を発達させる能力は先天的に備わっていますが、現実的に発達させるためには、言語の発達と同様に、体験、練習や訓練を踏まえた、成長のプロセスが必要です。
自分にとって、良いものと悪いものを見分けられる知恵、悪いもの対して素早く的確に反応できる能力を身につけるため、免疫系に対して、人生の若いうちに(人生の最初の3年間が特に大事と言われます)、主に2つのことが必要です。(a)自然界や(その一部である)人間界に存在する、あらゆる微生物(細菌、ウィルス、真菌、蠕虫)と接触したり、共生したりする体験、そして(b)病気になるという訓練、です。
(a)微生物との接触や共生。
生まれる前の赤ちゃんの体は、まだ微生物との接触を経験していません。大人の体には、おおよそ(大きさや体重によりますが)1kgから1.5kgの微生物が共生しています。自分(宿主)の中や上に共生している微生物の数は、自分の体の細胞よりはるかに多いのです。白紙の赤ちゃんから、細菌と共生している大人の体(共存体としての大人)に育つ上で、微生物がヒトの体内に入植するプロセスがあります。これまでの医学や生物学は、この過程について、極めて部分的で断片的な解明しかできていませんが、お互いに馴染んだり、刺激し合ったり、合わせたり、戦ったり、応援し合ったり、許したり、お互いに変えたり、混ざったりするなど、たくさんの働き合いに成り立つ入植だと想像できます。そしてこのプロセスの具体的な過程が、免疫力の成長や出来栄えに最も大きな影響を与えます。
新生児は生まれるまで、地球や人間界に存在する微生物と接触がなく、いわば白紙状態です。「赤ちゃんは胎児の間は無菌状態で、産道を通るときに細菌のシャワーを浴び、細菌との共生体としての道を歩み始める」(山極寿一)。お母さんからもらった細菌が皮膚の上で広がり、口や食道を通じて腸に入り、一人一人特有の、個人的な微生物群系(microbiom、マイクロバイオーム)が生育し始めます。この微生物群系の自然な生育は、健全な免疫系の発達のために欠かせない前提です。細菌との接触や共生、そして人間の成長との深い関係については、京都大学の学長である、山極寿一さんの面白い新聞記事がお勧めです。(花粉症・うつ病、共生細菌の減少が原因?)
逆に、子供のマイクロバイオームの生育が、良いスタートを切れない場合、その後の人生を、未熟な免疫系による疾患で悩む可能性が高くなります。その大きな要因として、最近、主に三つの要因が取り上げられています。自然分娩ではなく、帝王切開によって生まれた場合。出産の前のお母さんへの抗生剤投与。若年層の間の抗生剤投与。その関係については、たくさんの研究がありますが、いくつかをここにまとめました。(PDF)
出産の後も、免疫系の健全な成熟のため、あらゆる細菌、ウィルス、真菌や蠕虫との接触と共生は欠かせません。子供が育つ環境があまりにも綺麗で、清潔で、潔癖すぎる衛生環境だと、子供と微生物の接触チャンスが少なくなり、健全な共生体になるチャンスも、免疫力がきちんと成熟するチャンスも減ります。先進国の都会育ちの人に、花粉症をはじめとする免疫疾患が疫病的に増えているのはこういう背景によるものです。19世紀に、花粉症がまず文明的、進歩的な生活を誇っている特権階級の人たちに広がっていたのも不思議ではありません。逆に現在でも、家畜を飼う農家で生まれ育った子供は、街で育った子供と比べれば、アレルギー疾患で悩む可能性はうんと少なくなります。
(b)病気になること。
これまでの人生で一度も山に登ったことのない人が、いきなりアルプスに登らざるを得ない状況になれば、気持ち的にも体力的にも、非常に困るでしょう。けれど、山登りに慣れたひとなら、それほど困ることはありません。病気という山を乗り越えようとする免疫力についても、同様です。
免疫力を鍛え、成長させるためには、病気という体験や訓練は欠かせません。子供がなりやすい風邪、特に熱をともなう風邪や、予防接種の前時代にほとんどの人が経験した、いわゆる「子供の病気」(風疹、水疱瘡、おたふく、はしか)。昔、子供たちがよく患った危なくないけど不愉快な蠕虫症。こういう病気の経験が、免疫系のトレーニングになり、成長と習熟につながります。小さな病気を乗り越えながら、免疫系が強くなり、きちんと働く免疫力が身につくというわけです。自然治癒力的に治った病気が、体力的にも、精神的にも、子供の新たな成長のきっかけになるということは、親ならほとんど誰でも経験したことがあると思います。病気を乗り越えるという経験は、免疫系の発達だけではなく、自信と生命力の成長とつながるのです。ですから、生命力や免疫力を育てるためには、軽い病気を怖れずに(特に若いうちの)人生に受けいれる必要があります。
残念ながら、今の医療や常識では、こういうことはほぼ忘れられつつあります。利便に走りすぎる現代人は、長い進化に基づく体の知恵と自然を無視して、医学の進歩を唱えながら、病気の化学治療が得意とする「回避」と「抑圧」に熱中しています。解熱剤。抗生剤。予防接種。近代医学のおかげで、幼少期の軽い病気は随分と避けられるようになった一方で、免疫力の熟成が妨げられ、人生が進むにつれて、治療しにくいアレルギーや、厄介な自己免疫疾患が増えています。
近代医学が推進している化学治療と、免疫系の不十分な成熟や成長、この関係を考えるとき、忘れてはいけないことがもう一つあります。予防接種のことです。花粉症が19世紀前半のイギリスで、初めて病気として特定され、流行るようになったことは前回のプログで触れました。近代医学の予防接種の始まりはいつだったか、ご存知でしょうか?1796年にエドワード・ジェンナー(Edward Jenner, 1749-1823)というイギリスの医者が、世界で初めて牛痘接種を実験的に人に施し、予防接種の時代への道を開きました。予防接種と花粉症、その始まりは歴史的(そして地域的)にもほぼ同時です。そして予防接種の増加と普及にほぼ平行して、花粉症という免疫疾患が現代社会に増えているのです。
予防接種は人間の免疫系に「病気もどき」のような人工的な刺激を与えることによって、特定の病気に対する免疫を高める処置です。特に小さな子供に施した場合、育ちつつある免疫系への大きな介入や人工的な干渉となります。
この事実を見ると、予防接種と免疫系の成熟の関係を、もっと深く考える必要があるように思います。残念ながら近代医学では、この関係を(少なくとも僕が知っている範囲では)あまりテーマにしていないようです。じっくりと時間を費やして、健康本来の意味に立ち返って病気を治すことを考えるよりは、合理的で表面的な健康を生み出す、新しい商品の開発に労力をかけたほうが、早く利益とつながります。最近では、花粉症に対する予防接種を開発しようとする製薬会社もあります(PDF)。続く。
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