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2025.05.02

発熱について(1)有益なのか、有害なのか?

発熱をどう受け止めるのか、熱とどう付き合うのか。これについての考え方は、医学やその歴史のうちで大きくわかれています。熱は抑えるべきもの、つまり有害で危ないものなのか?あるいは歓迎すべき、ないしは促進すべき有益なものなのか?はたまたそのどちらでもなく、無視してよいものなのか?民間医療だけではなく、医療従事者と医学の理論、そして実践においても、発熱についての理解や付き合い方についてのスタンスはバラバラです。

この混乱は、ひとつの大きな誤解からくるように思われます。

発熱はもともと、生命体の自然治癒力が、病気に対して自ら起こす治癒反応です。にもかかわらず、熱自体を病気の一部として誤解し、それを怖がって抑えようとしているのです。医学の歴史を紐解とけば、熱がもたらす有益な治癒効果について、たくさんの名医がよく理解していたことがわかります。たとえば、以下のような発言にそれを見ることができます。

「私に熱を出す力を与えれば、すべての病気を治すことができる。」
(Parmenides、パルメニデース、紀元前 520 年頃-紀元前 450 年頃、古代ギリシアの哲学者)

「薬で治らない病気は鉄(メス)で治し、鉄で治せない病気は火(熱)で治し、火で治せない病気は治療不可能の病とみなす。」
(Hippocrates、ヒポクラテス、紀元前 460 年頃-紀元前 370 年頃、古代ギリシアの医者)

「熱を出すことができるほどの名医がいるのなら、病気のときに他の治療法を探す必要はないだろう」。
(Rufus of Ephesus、エフェソスのルフス、1 世紀後半-2 世紀前半頃、古代
ギリシアの医者)

「イギリスのヒポクラテス」として知られているトマス・シデナム(Thomas Sydenham、1624ー1689)には、以下のような熱についての考え方が伝わっています。
「熱は、自然が敵を排除するために戦場に持ち込む、エンジンです。」

この知恵を生かしたハイパーサーミアという治療を行う病院と医師もいます。全身を42℃まで温めることで(人工的な)高熱状態を起こし、体調が許せばその状態を1時間以上保ち続ける治療です。主に癌や免疫疾患などの病気で、化学治療や手術によって治しにくい場合に、患者の免疫系を活性化する目的で使われます。

こうした歴史上の哲学者・名医たちの理解と比較するとよくわかるように、昨今多くの人々の熱との付き合い方の背景には、ある種の熱恐怖症が働いているようです。子供が熱っぽい風邪になれば、親は体温計の数字ばかりをみながら、病気の悪化や改善を判断します。熱を伴う不調で医者に行けば、あるいは病院や老人施設で発熱すれば、まず処方されるのが解熱剤です。

多くの場合、病気の元となるきっかけや原因(例えばウイルス、ばい菌、体内の炎症など)は見えないものです。他方で、その病気を治すために自然治癒力が起こしている熱は、わかりやすく測りやすいものですので、発熱そのものを病気と見間違えやすいのです。そして、生き物を人工的に(たとえばオーブンなどで)ある一定の温度以上に温めると命を失うことになることは、誰にでもわかります。クロード・ベルナール(Claude Bernard、1813-1878、近代実験生理学の創始者)は「研究」のため、動物を使ってそうした残酷な実験を実際に行いました。

しかし、「加熱」と「発熱」は異なるものです。発熱できるのは哺乳動物が健康を保つために、長い進化の過程で獲得した自然な能力です。より早く病気を乗り越え、自分の命をより効率的に守るための、大事な機能です。そのため、自己治癒のために体が出す熱によって、体が害を受けることはありえません。それでも「細胞が死ぬ」「蛋白質が壊れる」「脳が害を受ける」「高熱で死ぬことがある」などの、熱に伴う懸念は根強く残っています。熱恐怖症による心配症です。体温をいつも上手に保つ人間の体には、体温が下がりすぎないあるいは上がりすぎないような、温度調節器のような機能があります。これまでの医学的な経験によると、人間の体が自分で引き起こすことのできる一番高い熱は、およそ 41.8℃ です。それ以上に自分で発熱することはできないのです。実際40℃あるいは 41℃以上の高熱を出すケースは極めて少なく、またそれは主に小児です。体には温度調節機能が備わっていて、体に害をもたらすような危険な温度にまでは上がることがない。このことは、熱を恐れ心配しがちな親や医療従事者に、積極的に伝えておく必要があります。

医学的な観点では、体温は以下のように分類されます:平熱=約 36.0ー37.0°C、微熱=37.0ー37.9°C、中等熱=38.0ー38.9°C。高熱=39.0°C 以上。(Perplexity という AI を参照しました。PDF)最近、38 ℃ 前後の熱を高熱と呼ぶ人が多くなりましたが、本来高熱とは 39 ℃以上のことを指します。さて、治癒反応としての熱の有益な効果は、どこにあるのでしょうか?人間に感染病をもたらす可能性のあるほとんどの病原体は平熱に適しており、平熱の体において早く増殖します。体温を上げること、つまり発熱によって、病原体の増殖が抑制され、感染活性を止められます。それと同時に、上がった体温によって新陳代謝や免疫反応が活性化され、病気を治すために普通より早いスピードで働くようになります。熱は、免疫系の作用を活性・促進する最も有益な治癒反応です。きちんと発熱すれば、熱を上手に出す力を持っていれば、感染病は早く、そしてスッキリと治ります。熱の力で自然に病気を治すことが、免疫力の働きと能力のトレーニングにもなります。その後の新たな感染に対する免疫を上げる、予防的な効果ももたらします。

余談ですが、虫刺されや、傷などの怪我したところには、多くの場合、熱を持った炎症が起こります。炎症という局所的な熱も、部分的ダメージの治癒プロセスを促進するために、自己治癒力が積極的に引き起こすものです。